【横綱:稀勢の里】初日黒星で歴代ワーストタイ6連敗…原因は日馬富士で怪我の状態は?嫁候補の市川紗椰との結婚の行方は?

横綱の稀勢の里が2019年1月13日に進退を掛けた大一番でしたが、小結御嶽海に押し出しで決められて黒星スタートとなってしまいました。

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これで2018年末までの5連敗と通算して6連敗となりました。

これは貴乃花含む過去4人が記録された、横綱歴代ワースト記録に並んだという事になってしまいました。

2019年1月場所 初日 稀勢の里 – 御嶽海

ここから連敗記録はどこまで伸びてしまうのか…何故、こうも不調に陥ってしまったのか不思議でなりませんが、稀勢の里は、人間的に好きな選手であっただけにとても残念ですが、7連敗にならないよう頑張って貰いたいですね。


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プロフィール

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四股名:稀勢の里 寛

本名:萩原寛

愛称:ハギ、キセノン

生年月日:1986年7月3日

出身地:茨城県牛久市

身長:188cm

体重:178kg

BMI:50.36

所属部屋:鳴戸部屋→田子ノ浦部屋

相撲をするまでの経緯

生まれは兵庫県芦屋市で、1個上の姉がいます。

生まれた時は既に3600gあり、乳児期から食欲旺盛で貰い乳までして育ったと言います。
2歳になる頃に、一家全員で茨城県龍ヶ崎市に引越ししました。

中学2年生になる頃、茨城県牛久市へ引越しされますが、その後も龍ヶ崎市の中学校に通っておりました。

稀勢の里は、幼少期から相撲が好きで、小学校2年頃からテレビでよく観戦もされていたと言います。

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初めて廻しを付けた地元の大会では、上級生5人を破り見事に優勝もされており、この経験で表彰された事が、相撲を始める大きなきっかけになったそうです。

小学校4年生からは野球もやっており、中学1年生から投手を務めておられました。

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中学3年になると、常総学院といった強豪校からも声が掛かるほどだったと言いますので、かなりの実力であったのは間違いありませんね。

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その後、鳴門部屋へ入門する事となりますので、中学校には3年生の2月上旬までの登校となりました。

入門する際に、母親からは入門後3年間は相撲を続けて家に帰って来ない事と激励の言葉を言われ送り出されたそうです。

中学校の卒業文集には「努力で天才に勝ちます」と書き残しておられます。

「稀勢の里 努力で天才に勝ちます」の画像検索結果

これまでの歩み

鳴門部屋に入門した稀勢の里ですが、大器と見込まれた故に、入門して直ぐに若の里の付き人に指名されます。

若の里は毎日、稀勢の里を泥だらけにするほど稽古を付けており、その稽古熱心さから「もうやらなくていい。その辺で辞めておけ。」と言われたほどだったという事でした。

初土俵から安定して勝ち越しを重ね、17歳9か月という貴乃花に次ぐ歴代2番目の記録で十両昇進へと足を進めました。

18歳3ヶ月で新入幕を果たし、同時にこれまで本名のままで取っていた四股名を「稀勢の里」と改名されました。

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その後、月日が経過し2011年末に大関へ昇進、2017年の1月場所で初優勝をされ、横綱へ昇進となりました。

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2002年3月場所 – 初土俵
2004年1月場所 – 幕下優勝
2004年5月場所 – 新十両
2004年11月場所 – 新入幕
2006年7月場所 – 新小結
2009年3月場所 – 新関脇
2012年1月場所 – 新大関
2014年 – 第59回伊勢神宮奉納大相撲優勝
2016年 – 第61回伊勢神宮奉納大相撲優勝
2016年 – 第75回全日本力士選士権大会優勝
2016年 – 年間最多勝
2017年1月場所 – 幕内最高優勝(1回目)
2017年 – 第41回日本大相撲トーナメント優勝
2017年3月場所 – 新横綱 幕内最高優勝(2回目)

引用元:Wikipedia


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怪我の原因と状態は?

2017年に19年ぶりとなる日本人力士の横綱昇進となり、日本中に稀勢の里旋風が巻き起こりました。

しかし、それからわずか1年ちょっと経った2019年1月に、既に進退を掛けて挑む事になってしまいました。

稀勢の里が横綱昇進後、初の横綱同士の対戦となった2017年3月場所の日馬富士との対戦でした。

横綱・日馬富士VS横綱・稀勢の里 稀勢の里にまさかのアクシデントも!?

この対戦で、稀勢の里は左大胸筋を負傷してしまいました。

その中でも、今は亡き鳴門親方が「体が痛いからといって休場するのは相撲道に反する。ましてや大関や横綱になったのなら来てくださるお客様のために、ケガをしていても土俵に上がれ。」という言葉を胸に秘めて出場されておりました。

その後は、強行出場→休場を繰り返しており、あまり良くない状況であったのは確かです。

そしてついに、もう一度、一から筋力をつけ直して頑張っていくというコメントがあり、治療にも泊まり込みで専念していたと言います。

つまり、今回は怪我を押し切っての出場という訳では無く、完治しているはずという状況ですので、後は気持ちだけの問題だと思います。

稀勢の里は、土俵人生を掛けて、現在、大一番に臨んでいるという背景を忘れないようにしないといけませんね。

「2018 稀勢の里」の画像検索結果

ネット上では「稀勢の里は弱いから引退しろ」という声もあるようですが、こういった背景をしらない方々が言っているだけです。

理解してくれる人も大勢居ると思います。

後は、少しでも結果を残して貰えれば…まずは1勝だけでもして欲しいですね。

次回の取り組みは特に、全力で応援したいと思います。

嫁候補の市川紗椰との結婚の行方は?

モデルの市川紗椰さんは相撲好きであり稀勢の里の大ファンである事を明かしております。

こういった背景から、嫁候補なのでは?と噂される事となっていたようです。

しかし、稀勢の里は横綱になってから中々、そういった事を考える余裕はなさそうでして、具体的な結婚は引退後になる可能性が高いと言われております。

市原紗椰さんとの「ユアタイム」の「市川部屋」というコーナーでは、公開お見合いのようだったと言われるほど、市原紗椰さんが稀勢の里に対してアピールをされていたそうです。

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しかし、現時点で全く噂もされていないようですので、上手くはいかなかったようですね。

稀勢の里さんには沢山のお見合いを依頼する手紙が届くそうです。

つまり、出会おうと思えばいくらでも出会える状態です。数年後、もう少し落ち着いてきたタイミングで恋愛の噂が出てきそうですね。


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最後まで読んで頂き有難うございます。

稀勢の里が想像以上に真面目で誠実な方なのだなと、改めて書いていて思いました。

現在は、こんな状況になってしまっておりますが、今後、更なるご活躍に期待したいと思います。

むしろ、こんな事で引退というのは甚だおかしい話かなと私は思います。

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